保育士歴10年以上、家庭でも子育て中です。
先日、以下のツイートをしました。
■『優しい』と『甘い』の違い
相手のことを『考えているか』『考えていないか』が、境目なのかなーと最近考えています
思考停止で何でも受け入れるのが『甘い』
相手のことを前向きに捉えているのが『優しい』
場面や状況にもよるのかなとは思いますが
『優しい』と『甘い』の境界線は、ほんの些細なものかなと思っており、そこがちょっとズレるだけでポジティブな表現にもなるし、ネガティブな表現にもなると考えています。
でも、ここが上手く使い分けられると、相手のためにも自分のためにもなるような気がしています。
『優しい』と『甘い』の違い
どちらも、色々な意味を含んでいます。
今回は、以下の意味について触れていきます。
『優しい』
goo辞書より
・他人に対して思いやりがあり、情がこまやかである。
『甘い』
・厳しさに欠けているさま。また、相手として扱いやすいさま、相手として恐れるに足りないさま。
・評価の基準が厳格でない。
今回の『優しい』『甘い』は、相手がいることが前提になっています。
違いがどこで出るのか。
それは【相手のことを考えているか・考えていないか】が境目なのではないかと考えました。
相手の行動・言葉などに対して『思考停止』していないか、ということです。
相手のことを何も考えず、もしくは深く考えずに、ただ受け入れるのか。
相手の心境・背景・未来などを、考えて受け入れるのか。
客観的、第三者にとっては一見同じ光景に見えるかも知れません。
『大人同士の世界』『子育て・保育の世界』にそれぞれ当てはめて、以下にまとめてみました。
大人の世界で考えてみる
たとえを1つ、考えてみました。
『ある作業をサボったために仕事で失敗をして、落ち込んでいる友人の話を聞く場面』があったとします。
あなたがとる行動は『聞く』です。
この『聞く』も【構え方】によっては『優しい』『甘い』の分かれ目が出てきます。
黙って聞く、相槌を打ちながら聞く…優しくても甘くても『見た目』はさほど変わりないでしょう。
ですが、何も考えずにとりあえず聞いて、励ます。
これは『甘い』に近いと考えられます。
反対に
「なぜサボったのか?」
「直前の出来事はどうだったのか?」
「友人はこれを話すことで、何を得たいのか?」
と探りながら、話を聞いてみる。
ここまで来ると、話を聞いた上で色々な返答の仕方・行動が思い浮かぶと思います。
これは『優しい』に近いと考えられます。
そもそも心構えが違うので、直後にとる行動も変わってきますね。
『聞く』こと1本に行動を絞ったとしても
「聞くことに徹することで、自分で心の整理をしてくれそうだな」
「話してスッキリして、心が落ち着くのかな」
と『考えて』受け止めている時点で『甘い』ではなく『優しい』に近いですね。
子育て・保育の世界で考えてみる
子どもの話をよく聞き、やりたいと思ったことは出来るだけさせてあげられる環境を作る。
子どもにとっては、大きな財産になりますね。
今回のテーマに関連して、僕がよく考えていることの1つとして『自由と野放しは違う』というものがあります。
『野放し』は、いわゆる『ほったらかし』
子どもの話を何でも受け入れて、ルールや約束もなく、ただ放っておくこと。
一見、自由にさせているように見えますが『思考停止』が発生しています。
つまり、子どものことを考えていない、もしくは深く考えていないのです。
子どもの話を聞きつつ
「この子はどうしたいのか?」
「どういう環境を整えてあげるのがいいのか?」
「そもそも心の動きはどうか?」
と考えることで、子どもは一定のルールの中ではあるものの『自由』に振る舞うことができれば、それは『相手のことを考えている』と言えます。
ルールと聞くと『縛り』にも聞こえて『自由が無い』ように感じるかも知れませんが、反対に『何でもあり』では、もっと困ることが発生する可能性があることは想像できますね。
キーワードは『思考停止』
相手のことを『考えている』か『考えていない』か。
とはいえ、人間なにかしら考えているとは思うので『どこまで考えているか』が正確かも知れません。
『思考停止』しているときは、お互いにメリットが何も生まれない可能性が高いです。
せっかく生まれたコミュニケーションなので、それがお互いにとって有益なものになれば、同じ過ごす時間でもより豊かなものになるのかなと思います。
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